今日で72回目の終戦記念日となる。72年も前のことをどうして引きずる必要があるのか。戦争体験者にとってはもちろん忘れられない記憶だが、昭和が終わり、平成も29年目が過ぎようとしている。

 理不尽さを感じないわけではないが、「歴史」は相続せざるを得ない。「もう終わりにしましょう」と、韓国や中国に言ってもなかなかそうとはならない。「ゴールポストを動かす」などと批判される韓国のように、基本合意したことを見直すなどと言われるとうんざりする。それでも、「もうお宅とは付き合いませんから……」と放置できない。

1945年9月2日、降伏文書に署名すべく、東京湾上の戦艦ミズーリに赴いた重光葵外相、梅津美治郎参謀総長(AP/Aflo)

 

 では「歴史」はどうやって相続するのか。「これ」という方法はないのかもしれないが、まずは歴史を知るしかない。そこで、72年前の8月15日を体験した人の声を聞いてみる。

 のちに作家となる大岡昇平は、昭和19年(1944年)、つまり敗戦の1年前に招集され、フィリピンのミンドロ島に出兵している。当時35歳。幼い子どもが2人いた。『俘虜記』には、その顛末が描かれている。普通のサラリーマンが突然戦争と向き合わざるをえなくなる現実からは「日常」というもののありがたさを実感させられる。大岡は、フィリピン・レイテ島の捕虜収容所で敗戦を知った。

 「では祖国は負けてしまったのだ。偉大であった明治の先人達の仕事を三代目が台無しにしてしまったのである。歴史に暗い私は文化の繁栄は国家のそれに随伴すると思っている。あの狂人どもがいない日本ではすべてが合理的に、望めば民主的に行われるだろうが、我々は何事につけ、小さく小さくなるだろう。偉大、豪華、崇高等の形容詞は我々とは縁がなくなるだろう」(『俘虜記』)

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