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フィンランドの独立を守り抜いた恐るべき民兵たち [■歴史]

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フィンランドの独立を守り抜いた恐るべき民兵たち

北欧の小国はいかにしてソ連を撃退したのか(前編)

2018.4.11(水) 花園 祐
フィンランドの湖

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 第2次世界大戦における枢軸国といえば、日本、ドイツ、イタリアの3カ国を挙げる人が多いでしょう。しかし実際には、この3カ国以外にも、枢軸国側に属し米英ソに代表される連合国軍と戦った国々は存在しています。

 そうした中で、筆者が特に注目し、日本の手本になり得ると高く評価している国があります。今年のセンター試験におけるいわゆる「ムーミン問題」でも話題になった北欧のフィンランドです。

 第2次大戦中にフィンランドは、ほぼ孤立無援の状況で隣の超大国ソ連から侵略を受けながらも勇敢に抗戦し、見事その独立を守り抜くという偉業を達成しています。

 そこで今回は、前後編の2回にわけて、第2次大戦におけるフィンランドの2つの戦争について紹介したいと思います。前編では、第2次大戦勃発初期にソ連の侵略から始まった「冬戦争」を取り上げます。

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手厚い“更生”施設、松平定信の「人足寄場」 [■歴史]

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手厚い“更生”施設、松平定信の「人足寄場」

無宿や罪人の社会復帰を助けた“施設”のさまざまな仕掛け

2018.3.12(月) 有井 太郎
斎藤長秋編『江戸名所図会』より佃島其二。石川島人足寄場は、図中の右側中段やや上にある。(写真:国立国会図書館

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 江戸幕府の8代将軍、徳川吉宗が成立させた「公事方御定書」。この法典では、それまで希薄だった犯罪者の「更生」という概念が取り入れられた。1742(寛保2)年のことだ。

前回の記事:「『百敲(ひゃくたたき)』の刑、吉宗は計算ずくだった

 それから50年近く経った1790(寛政2)年、ある政策により「更生」の概念をより進化させた人がいた。老中の松平定信である。

「彼の時代に作られた『人足寄場』(にんそくよせば)は、戸籍から外された“無宿”(むしゅく)を社会復帰させるための施設でした。そしてこれが、日本の刑務所の源流となっていることはあまり知られていません」

 そう説明するのは、法律の歴史を研究する國學院大學法学部の高塩博(たかしお・ひろし)教授。人足寄場とは一体どんな施設であり、どのように更生を図ったのか。そして「今の刑務所の源流」が意味するところとは。高塩氏に話を聞いた。

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「百敲(ひゃくたたき)」の刑、吉宗は計算ずくだった [■歴史]

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「百敲(ひゃくたたき)」の刑、吉宗は計算ずくだった

「公事方御定書」は罪人たちの“再犯”をどのように防いだのか

2018.1.29(月) 有井 太郎
佐久間長敬著『刑罪詳説』より、小伝馬町牢屋敷門前での敲刑の執行風景。そばには医師も控えていた(図中の“十”)。(写真:国立国会図書館

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 若い頃から、法律を学んでいた江戸時代の8代将軍・徳川吉宗。彼が成立させた「公事方御定書」は、それまで希薄だった「更生」の概念を取り入れ、犯罪者がもう一度社会に戻れるように配慮した刑罰が採用された。それが「敲(たたき)」の刑罰だという。

前回の記事:「吉宗の法典で大転換、罪人に開かれた『更生』への道

「現代人からみると、“野蛮な刑罰”というイメージを抱くことと思いますが、『敲』こそ更生への思いが強く現れた刑罰です。なぜなら、吉宗は敲という刑罰の中に、罪人が社会復帰できるための“さまざまな工夫”を施しているからです」

 こう話すのは、法律の歴史を研究する國學院大學法学部の高塩博(たかしお・ひろし)教授。吉宗はどのような工夫を「敲」の刑罰に込めていたのか。同氏の解説を聞いてみよう。

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