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民主化の闘士を決して忘れやしまい 7月16日 [産経抄]

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【産経抄】民主化の闘士を決して忘れやしまい 7月16日

 幸いにも生き延びた者-の意味だという中国の民主活動家、劉暁波氏は自身を「幸存者」と呼んだ。自嘲の響きも多分にあったらしい。1989年の天安門事件で投獄され、意に沿わぬ「反省書」に筆を執った。

 ▼後に「死者の霊魂が天上からずっとぼくを見つめている」と自責の念を吐露している(『天安門事件から「08憲章」へ』藤原書店)。民主化を求める若者らの血を吸った、当局の大弾圧だった。28年後の今も人権という普遍的価値は、かの国で血を流し続けている。

 ▼「あの世から見れば、依然私は恥辱の中にいる」とも書いた。共産党独裁を難じ、民主主義への移行を掲げた「08憲章」の公表に際し、逮捕の数日前には身支度を終えていたという。恥辱の日々と決別する覚悟であったろう。当局が影響力を恐れたのもうなずける。

 ▼ノーベル平和賞の授賞式出席も、末期がんの国外治療もかなわなかった61歳。民主化の闘士として面目を施した壮烈な最期である。国際世論の批判が高まる中、当局は遺骨を海にまくよう遺族に求めた。骨を納めた墓所が「聖地」となるのがよほど怖いとみえる。

 ▼「08憲章」を改めて読んでみた。憲法改正。立法による民主。人権の保障。言論の自由。どれも人類固有の権利と民主主義の理念を説いた穏当な内容だが、権力者はアリを踏みつぶすように、躊躇(ちゅうちょ)なく自由の芽を摘み取る。一衣帯水の隣国で起きている現実である

 ▼共産主義体制下の祖国で活動の場を失ったチェコ出身の作家、ミラン・クンデラの言葉にある。「権力に対する人間の闘いとは、忘却に対する記憶の闘いだ」と。敵は、価値観を共有し得ない体制であり、記憶の風化でもある。夏空に消えた荼毘(だび)の煙を忘却への一歩にはしまい。

 


タグ:産経抄
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